まなざしの起点:写真理論、5つの必修講義

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MZ5-M3|ジョン・バーガー『Ways of Seeing(イメージの力)』

MZ5-M3-L0 第0課|はじめに:なぜ今、50年前の「ものの見方」を読み解くのか(Intro)

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はじめに:なぜ今、50年前の「ものの見方」を読み解くのか

皆さん、こんにちは。写真理論の専門家として、また長年教壇で理論を教えてきた教師として、本日は皆さんと一緒に、一冊の非常に「危険」で、しかし非常に重要な本をじっくりと読み解いていきたいと思います。その本は、1972年に出版されたジョン・バーガー(John Berger)の『Ways of Seeing』です。日本では『イメージの力』というタイトルで知られています。

50年以上も前の本です。なぜそんな古い本を今さら、と思うかもしれません。しかし不思議なことに、あるいは必然と言うべきか、この本は、私たちが日々Instagramのフィードをスクロールし、TikTokの動画に夢中になる現代において、かつてないほどのリアリティと切実さをもって私たちに迫ってくるのです。

この本は、決して高尚な「美術史」の教科書ではありません。むしろ、そうした「高尚さ」を疑うための本です。これは、私たちが「見る」という行為、特に「芸術」や「美しいイメージ」とされてきたものを見る方法が、いかに歴史的に、そして社会的に、権力やイデオロギーによって形作られ、歪められてきたかを鮮やかに暴き出す、いわば「視覚の解毒剤」であり、誰もが使える「批判的思考のツールキット」なのです。

このガイドブックの目的は、この画期的な本を「理論導読」することです。私たちはまず、本書の核心的な理論(第1部)を、章を追いながら丁寧に解説します。そして(ここが非常に重要ですが)、本書が出版された後に、この本が理論の世界や文化の現場に投じた波紋、すなわち「連綿たる反響」(第2部)を深く掘り下げます。それには、後続の研究や、フェミニズムなどからの批評、そして現代のデジタル社会でこの本がどのように新しい価値を獲得しているか、といった議論が含まれます。

出自:エリート主義への「反撃」

『Ways of Seeing』という本を理解するために、まず知っておかなければならないのは、この本が「何に反対して」書かれたか、という点です。この本は、もともと英国の公共放送BBCで1972年に放映された、同名のテレビ番組(全4回)が元になっています。そして、この番組と本が作られた直接のきっかけは、当時、英国の美術界の最高の権威であったケネス・クラーク(Kenneth Clark)卿による、格調高くもエリート主義的な超大型番組『文明(Civilisation)』(1969年)への、明確な「応答」であり「反論」でした。

クラーク卿の『文明』は、素晴らしい映像美で、西洋美術の歴史を「天才」たちのインスピレーションの産物として、また「西洋文明の偉大な真実」の顕れとして荘厳に描き出しました。それは、芸術を美術館の壁の上に、一般人とは切り離された「神聖な」場所へと祀り上げるようなアプローチでした。

ジョン・バーガーは、この見方に真っ向から異を唱えます。彼は、当時イギリスで影響力を持ち始めていた「ニュー・レフト(新左翼)」の思想的立場から、芸術とはそのような孤高の天才の産物などではなく、常に社会的な産物であり、多くの場合は「階級」「権力」「富」といった社会構造を正当化し、賛美するための「道具」として機能してきた、という事実を暴き出そうと試みたのです。

バーガーの番組の第1回の冒頭シーンは、この対決の姿勢を象徴しています。バーガー自身が登場し、ボッティチェリの有名な名画《ヴィーナスとマルス》の前に立ち、おもむろにナイフを取り出すと、ヴィーナスの顔の部分を切り取ってみせるのです。これはもちろん、視聴者を驚かせるための単なるショック療法的な挑発ではありませんでした。それは、クラーク卿に代表されるような、作品をただ「ありがたく鑑賞する」という「考えなしの崇拝(thoughtless reverence)」に対する、思想的な「攻撃(assault)」を視覚化したものだったのです。彼は、芸術を「神聖な」額縁から引きずり下ろし、それが作られた生々しい社会的・経済的文脈の中へと連れ戻そうとしたのです。

この本の「形式」こそが「メッセージ」であった、という点は強調しておく必要があります。バーガーがやろうとしたのは、アカデミックな(学術的な)論文を書くことではありませんでした。もし彼がそうしていたら、その理論は大学の壁の中に留まり、クラーク卿に心酔する一般の視聴者には届かなかったでしょう。彼は、クラーク卿と同じ「テレビ番組」という、当時最もマスメディア的な武器を選びました。しかも驚くべきことに、BBCはこの「反乱」的な番組を、当時大人気だったサッカー中継『Match of the Day』の裏番組として放送したのです。

これは、彼が「芸術を大衆の手に取り戻す」という目的のために、意図的に「ポピュラーな」語り口とメディアを選んだことを示しています。つまり、本書の核心である「理論」と、その「平易な語り口」は、切り離すことができません。マルクス主義や、後で詳しく触れるヴァルター・ベンヤミンといった難解な理論を、美術館の外にいるごく普通の人々に届けること。それ自体が、バーガーのラディカルな教育的実践であり、政治的実践でした。このガイドブックも、その「アカデミックな知見を平易に解き明かす」という精神を、最大限に受け継ぎたいと思います。

本書のユニークな構造

この本のもう一つの特徴は、そのユニークな構造にあります。ページをめくってみると、通常の書籍とはかなり異なることに気づくでしょう。この本は、全部で7つの章から構成されていますが、その内容は均一ではありません。

  • 4つの章(第1、3、5、7章)は、バーガーによる「テキスト(文章)とイメージ(図版)」を組み合わせて書かれた論考です。
  • そして、残りの3つの章(第2、4、6章)は、驚くべきことに、一切の文章(キャプションさえも)を含まない、「イメージだけで構成されたビジュアル・エッセイ」なのです。

この特異な構造は、単なるデザイン的な遊びではありません。これこそが、バーガーの第一のメッセージ、すなわち「見ることは言葉に先行する(Seeing comes before words)」という、この本全体の中心的なテーゼを実践したものなのです。彼は読者に、まず「見て」、次に「読み」、そしてまた「見る」ことを強います。テキストによる論理的な解説と、言葉を剥奪されたイメージの奔流との間を往復させることによって、私たちがいかに「言葉」や「権威ある解説」に頼ってイメージを見ていたかを自覚させ、自分自身の目でものを「見る」ための訓練を課しているのです。

このガイドブックでは、主に4つのテキスト章(第1、3、5、7章)に焦点を当てます。なぜなら、バーガーの核心的な議論、すなわち「神秘化」「ヌードとネイキッド」「油彩画と所有」「広告とグラマー」という4つの柱は、これらの章で展開されているからです。そして、これらの議論が、その後50年間の理論の荒野にいかなる「反響」を放ったのかを、皆さんと一緒にじっくりと解き明かしていきましょう。